物流業界は今、大きな転換期を迎えています。EC市場の拡大による物流需要の増加、深刻化するドライバー不足、そして2024年4月から適用された時間外労働の上限規制。これらの課題を解決する鍵として注目されているのが「物流DX」です。
本記事では、物流DXの定義から業界が抱える課題、DX推進の具体的なステップ、導入技術、メリット、そして推進における課題と対策まで、物流DXの全体像を体系的に解説します。
物流DXとは
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、データとデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革し、競争上の優位性を確立することを指します。国土交通省では、物流DXを「単なるデジタル化・機械化ではなく、それによりオペレーション改善や働き方改革を実現し、物流産業のビジネスモデルそのものを革新させること」と定義しています。(参考:物流DXの推進 – 国土交通省)
ここで重要なのは、物流DXと単なるデジタル化の違いです。システムや機械を導入すること自体が目的ではなく、それらを活用してビジネスモデルそのものを変革することが物流DXの本質です。
具体的には、AIやIoT、ビッグデータなどのデジタル技術を用いて、サプライチェーン全体の情報を可視化し、業務プロセスを標準化することで、物流従事者の働き方を改革します。さらに、物流システムの規格化を通じて、物流産業のビジネスモデルを革新していくことが目指すべきゴールです。
物流業界が抱える現在の課題
物流業界は、複数の深刻な課題に直面しています。これらの課題を解決するためには、従来のやり方の延長ではなく、デジタル技術を活用した抜本的な変革が求められています。
ここでは、物流業界が抱える4つの主要な課題を整理します。
- 深刻化する人手不足
- 時間外労働の上限規制施行後の実態
- 環境問題への配慮
- DX推進の遅れ
深刻化する人手不足
物流業界における人手不足は年々深刻化しています。EC市場の成長により、従来の店舗配送から個人配送へと物流の形態が変化し、梱包・出荷作業が大幅に増加しました。輸配送の回数やルートも複雑化しており、より多くの人手が必要な状況となっています。
特にトラックドライバーの不足は顕著で、国土交通省の調査によると、半数近くの運送事業者が人手不足を感じています。
倉庫作業員の不足も同様に深刻です。採用難に加え、離職率の高さも課題となっており、人材の確保・定着が業界全体の喫緊の課題となっています。
時間外労働の上限規制施行後の実態
2024年4月から、トラックドライバーなど自動車運転業務において時間外労働時間の年間960時間までの上限規制が適用されました。これにより、いわゆる「物流の2024年問題」が現実のものとなっています。
トラック運送業は全職業平均より労働時間が約2割長く、年間賃金は約1〜2割低いという実態があります。規制施行により労働環境の改善が期待される一方、輸送能力の低下や収入減少といった新たな課題も生じています。
国の試算では、何も対策を講じなければ2024年には14.2%、2030年には34.1%の輸送能力が不足する可能性があるとされています。(参考:知っていますか?物流の2024年問題 | 全日本トラック協会 | Japan Trucking Association)
労働環境改善と輸送能力維持の両立が、物流業界に課せられた大きな命題となっているといえるでしょう。
環境問題への配慮
物流業界は環境問題への対応も求められています。トラック輸送は日本全体のCO2排出量の約7%を占めており、脱炭素社会の実現に向けた取り組みが不可欠です。(出典:環境:運輸部門における二酸化炭素排出量 – 国土交通省)
電気自動車や天然ガス車など環境配慮型車両の導入が検討されていますが、高額な導入コストが高いハードルとなっています。とくに、全体の99%を中小企業が占めるトラック運送業界にとって、一斉導入は現実的ではありません。(参考:日本のトラック輸送産業 現状と課題 2025)
そのため、トラックの積載率向上による輸送回数の削減や、鉄道・船舶への転換(モーダルシフト)の推進など、既存のリソースを効率的に活用する取り組みが重要視されています。
DX推進の遅れ
物流業界のDX推進は、他業界と比較して遅れているのが現状です。事実、「DX」という言葉の意味を理解し取り組んでいる運輸・倉庫会社はごく少数に止まっています。
物流業界は従来、デジタル技術を活用しなくても業務が回っていたため、IT関連の知識やノウハウが蓄積されにくい環境にありました。また、中小企業が多いため、システム導入のための投資余力が限られていることも要因の一つです。
DXに取り組んでいる企業でも、オンライン会議設備の導入やペーパーレス化など、初期段階の取り組みが中心であり、物流業務そのものに付加価値を生む投資は限定的です。
物流DX推進の3つのステップ
物流DXを推進するためには、段階的なアプローチが重要です。経済産業省が示すDXの3層構造に基づき、物流業界でも3つのステップを踏んで変革を進めることが推奨されています。
ここでは、DX推進の3つのステップを解説します。
- デジタイゼーション(アナログデータのデジタル化)
- デジタライゼーション(業務プロセスのデジタル化)
- デジタルトランスフォーメーション(ビジネスモデルの変革)
デジタイゼーション(アナログデータのデジタル化)
最初のステップは、アナログ・物理データのデジタルデータ化です。紙の伝票や送り状、手書きの在庫管理表などをデジタル化し、ITシステムで管理できる状態にします。
この段階では、現場担当者が主導となり、日常業務で使用するデータを電子化していきます。ペーパーレス化により書類の管理コストが削減され、情報の検索性も向上することが期待できるでしょう。
具体的には、受発注管理のシステム化、勤怠管理のデジタル化、配送伝票の電子化などが該当します。DXの土台となる重要なステップです。
デジタライゼーション(業務プロセスのデジタル化)
次のステップは、デジタル技術を活用した業務プロセス全体の変革です。個別にデジタル化されたデータを連携させ、部門や業務領域を超えた情報共有を実現します。
倉庫管理システム(WMS)と輸配送管理システム(TMS)を連携させることで、在庫情報と配送計画をリアルタイムで共有できるようになります。さらに倉庫運用管理システム(WES)と倉庫内の設備やAGVなどのマテハン機器、業務の標準化が進めば、属人的な作業を減らすことが可能です。
この段階では、部門横断的な視点でプロセスを見直し、無駄な作業や重複を排除していくことが重要となります。
デジタルトランスフォーメーション(ビジネスモデルの変革)
最終ステップは、ビジネスモデルそのものの変革です。デジタル技術を活用して新たな価値を創出し、競争上の優位性を確立します。
組織、プロセス、企業文化を含めた全社的な変革が求められます。サプライチェーン全体を最適化し、顧客に対して従来とは異なる価値を提供できるようになることが目標です。
たとえば、AIによる需要予測を活用した最適配送サービスの提供や、リアルタイムの在庫情報を活用した新たなビジネスモデルの構築などが該当します。
物流DXの具体的な取り組みと技術
物流DXを実現するためには、さまざまなデジタル技術やシステムの導入が必要です。自社の課題や規模に応じて、適切な技術を選択し、段階的に導入していくことが重要となります。
ここでは、物流DXにおける代表的な取り組みと技術を4つ紹介します。
- 倉庫管理システム(WMS)・倉庫運用管理システム(WES)・輸配送管理システム(TMS)の導入
- IoT・AIの活用
- 自動化・機械化技術
- トラック予約受付サービス
倉庫管理システム(WMS)・倉庫運用管理システム(WES)・輸配送管理システム(TMS)の導入
WMS(Warehouse Management System)は、倉庫内の在庫管理、入出庫管理、ピッキング作業などを効率化するシステムです。リアルタイムでの在庫把握が可能となり、在庫管理の精度が向上します。
WES(Warehouse Management System)は現場の頭脳として現場内の設備・機器および作業員をリアルタイムに連携し、現場運用の分析・可視化を実現することで現場作業の効率化やボトルネック個所の示唆をするシステムです。
TMS(Transport Management System)は、配送ルートの最適化や車両の運行管理をおこなうシステムです。クラウドを活用することで、複数拠点の一元管理も実現できます。
これらのシステムを連携させることで、倉庫から配送までの物流プロセス全体を可視化し、効率化を図ることが可能です。
IoT・AIの活用
IoTセンサーを活用することで、倉庫内の温度・湿度管理、輸送中の荷物の位置情報測定、車両の状態監視などがリアルタイムでおこなえます。
AIは、ピッキング作業の最適ルート提案、需要予測、配車計画の自動化などに活用されています。ビッグデータを分析することで、これまで属人化していた判断業務を標準化できます。
たとえば、倉庫内の稼働データをWES内でAI分析することにより、作業遅延原因の予見を発生前にキャッチ・可視化し、事前に対応することが可能となります。
自動化・機械化技術
自動倉庫やピッキングロボット、搬送ロボットなどの導入により、倉庫内作業の省人化が進んでいます。検品・仕分けシステムの自動化も、多くの物流センターで導入が進んでいます。WES/WCSによるWMSなどの上位システムとの連携を実現することで、作業者が倉庫内を縦横無尽に動くのではなく、モノが動き、作業者が対応する効率的な現場にすることも可能です。
ドローンによる配送は実証実験段階にあり、過疎地域や離島への配送手段として期待されています。自動運転トラックも実用化が目前に迫っており、幹線輸送の効率化に貢献すると見込まれています。
これらの技術は初期投資が大きいものの、長期的な人件費削減や生産性向上につながります。
トラック予約受付サービス
トラック予約受付サービスは、荷主と運送会社の間でバース(トラック停車場所)の予約を管理するシステムです。事前に荷役時間を把握し、作業計画を立案できるようになります。
国土交通省によるとドライバーの荷待ち時間は1運行あたり平均1時間28分ともいわれており、この削減が労働時間短縮の鍵となります。(参考:第17回トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会|国土交通省提出資料)
予約システムの導入により、待機時間を大幅に削減できます。
リアルタイムでの計画修正も可能となり、業務のムダ・ムラを削減することで、全体的な物流効率の向上に寄与します。
物流DX推進のメリット
物流DXを推進することで、企業はさまざまなメリットを享受できます。コスト削減や業務効率化にとどまらず、労働環境の改善や持続可能な経営基盤の構築にもつながります。
ここでは、物流DX推進による4つの主要なメリットを解説します。
- 業務効率化とコスト削減
- 人手不足の解消と働き方改革
- サービス品質の向上
- 持続可能な物流の実現
業務効率化とコスト削減
デジタル技術の導入により、作業時間の短縮と人件費の削減が実現します。配送ルートの最適化は燃料費削減につながり、在庫管理の効率化は保管コストを抑えます。
紙の伝票を電子化するだけでも、印刷コストや保管スペース、事務作業にかかる人件費を大幅に削減でき、入力ミスや計算ミスといったヒューマンエラーの防止にも効果的です。
人手不足の解消と働き方改革
自動化・機械化により、人手に頼っていた作業を省人化できます。これにより、限られた人材をより付加価値の高い業務に配置することが可能となります。
勤務状況の可視化により、労働環境の改善も図れます。無理な長時間労働の是正や、適切な人員配置により、従業員のワークライフバランスが向上し、人材の定着率向上にもつながるでしょう。
サービス品質の向上
デジタル技術の活用により、配送精度の向上とリードタイムの短縮が実現します。トレーサビリティの確保により、荷物の状況をリアルタイムで把握でき、顧客への情報提供も充実します。
こうしたサービス品質の向上は、顧客満足度の向上につながり、競争優位性の確立に貢献します。
持続可能な物流の実現
物流DXは、脱炭素社会の実現にも貢献します。配送ルートの最適化や積載率の向上により、CO2排出量を削減可能です。
持続可能な物流体制の構築は、企業のサステナビリティと社会のサステナビリティを同期させることにつながります。環境負荷の低減に取り組む姿勢は、企業イメージの向上にも寄与します。
物流DX推進の課題と対策
物流DXの推進には多くのメリットがある一方で、乗り越えるべき課題も存在します。これらの課題を事前に把握し、適切な対策を講じることが、DX成功の鍵となります。
ここでは、物流DX推進における4つの課題と対策を解説します。
- 初期投資と費用対効果
- 専門人材の確保
- 業務プロセスの標準化の困難さ
- 既存システムとの連携
初期投資と費用対効果
システムや機器の導入には多額の初期コストがかかります。特に中小企業にとって、この投資負担は大きな障壁です。
対策として、IT導入補助金や省力化投資補助金などの公的支援制度の活用が有効です。国土交通省の物流施設におけるDX推進実証事業なども活用できます。段階的な導入により、投資リスクを分散させることも重要でしょう。
専門人材の確保
DX推進には、デジタル技術に精通した専門人材が必要です。しかし、物流業界ではIT人材が不足しており、確保が難しい状況にあります。
外部のコンサルティング会社やシステムベンダーとの連携が現実的な解決策となります。同時に、社内人材の育成にも取り組み、中長期的な人材基盤を構築することが重要です。
業務プロセスの標準化の困難さ
物流業界には独自の商習慣や、荷主ごとに異なるサービス要件があり、業務プロセスの標準化が難しい面があります。属人化したノウハウの可視化も課題です。
まずは現状の業務プロセスを棚卸しし、標準化可能な部分と個別対応が必要な部分を切り分けることが重要です。業界全体での連携も視野に入れながら、段階的に取り組みましょう。
既存システムとの連携
すでに導入しているレガシーシステムとの連携が課題となるケースも多くあります。データフォーマットの不統一が、システム間連携の障壁となります。
サプライチェーン全体でのデータ共有を見据え、業界標準のフォーマットへの対応を進めることが重要です。APIを活用したシステム連携など、段階的なアプローチで解決を図りましょう。
まとめ
物流DXとは、単なるデジタル化・機械化ではなく、それによりオペレーション改善や働き方改革を実現し、物流産業のビジネスモデルそのものを革新させることです。人手不足、時間外労働規制、環境問題など、物流業界が直面する課題を解決する鍵として、その重要性はますます高まっています。
物流DXの推進は、デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションという3つのステップで段階的に進めることが効果的です。WMS・TMSの導入、IoT・AIの活用、自動化技術の導入など、自社の課題に応じた取り組みを選択し、着実に実行していくことが求められます。
初期投資や人材確保といった課題はあるものの、補助金の活用や外部連携などの対策を講じながら、物流DXに取り組むことで、業務効率化、コスト削減、労働環境改善、サービス品質向上といった多面的なメリットを得ることができるでしょう。