物流倉庫におけるピッキング作業は、これまで「人が歩いて商品を取りに行く」のが当たり前でした。
しかし実は、ピッキングにかかる時間のうち約6割が「棚まで歩いて戻ってくる時間」だといわれており、この“歩く”工程がボトルネックになっていることが各種レポートで指摘されています。
こうした課題を解決する技術として注目されているのが「GTP(Goods to Person)」です。ロボットが商品棚ごと作業者のもとへ運んでくることで、作業者は定位置で「取る/入れる」というコア作業だけに集中でき、大幅な効率化と省人化が期待できます。
本記事では、GTPの基本的な仕組みから、AGV・AMRなど類似システムとの違い、導入メリット・デメリット、導入事例、そして検討時のチェックポイントまで、物流倉庫の自動化を検討するうえで押さえておきたいポイントを体系的に解説します。
GTP(Goods to Person)とは
GTPとは「Goods to Person」の略称で、物流センターや倉庫において「人」が「モノ」をピッキングするのではなく、ロボットが「モノ」を「人」のもとへ運ぶ仕組みを指します。
従来のピッキング作業では、作業者が倉庫内を歩き回って商品を探し、取り出していました。この「歩く」作業がピッキング全体の約6割を占めており、作業効率や作業者の負担が大きな課題となっていました。
GTPでは、作業者が定位置で作業する「定点ピッキング」を実現します。ロボットが商品が格納された棚をピッキング担当者のもとへ搬送するため、作業者は移動せずにピッキングに集中することが可能です。
こうした特徴から、GTPは「自動棚搬送ロボット」「棚流動型ロボット」「棚搬送型ロボット」とも呼ばれています。
GTPの仕組みと作業の流れ
GTPシステムでは、「ワーキングステーション」と呼ばれるピッキング・仕分けエリアを設置します。作業者はそのエリア内だけで作業を完結できるため、倉庫内を歩き回る必要がありません。
具体的な作業の流れは以下の通りです。ピッキングリストを読み込むと、対象商品を保管した棚ごとロボットが運んできます。作業者はワーキングステーションの棚から商品を取り出し、発送先ごとに仕分けるだけです。
ロボットは床に貼り付けられたQRコードをカメラで認識し、棚の位置やロボットの現在地を把握します。そして、棚を下から持ち上げて運搬する仕組みです。
ピッキングのために保管場所を探して歩く行為が全てなくなるため、大幅な作業効率化を実現できます。
GTPと類似システムの違い
物流倉庫の自動化を検討する際、GTP以外にもAGVやAMRといったシステムが選択肢として挙がります。これらのシステムはそれぞれ異なる特徴を持っており、倉庫の規模や運用方法によって最適な選択が変わります。
ここでは、GTPと類似システムの違いを整理します。
- GTPとAGV(無人搬送車)の違い
- GTPとAMR(自律走行搬送ロボット)の違い
GTPとAGV(無人搬送車)の違い
AGVは「Automated Guided Vehicle(無人搬送車)」の略称です。床に埋め込んだ磁気テープやレールに沿って走行し、決められたルートを自動で移動します。
AGVは走行ルートが固定されているため、レイアウト変更には磁気テープの貼り替えなどの工事が必要になります。一方、GTPも床に貼られたQRコードを読み取って走行するため、広い意味ではAGVの一種ともいえるでしょう。
GTPとAMR(自律走行搬送ロボット)の違い
AMRは「Autonomous Mobile Robot(自律走行搬送ロボット、協働型搬送ロボット)」の略称です。人とロボットが協働して搬送業務をおこなうシステムで、カメラによる画像認識やレーザーSLAMで倉庫内を認識します。
AMRは磁気テープの埋め込み工事が不要で、既存のレイアウトや既存のオペレーションのまま導入できる点が特徴です。
ただし、AMRは商品を乗せて運ぶだけですが、GTPは棚ごと運びます。そのため、GTPは専用の棚設置が必要でコストが高くなる傾向があります。
GTPを導入するメリット
GTPの導入により、物流倉庫の運営は大きく変わります。作業効率の向上だけでなく、人件費削減やスペースの有効活用など、多面的なメリットを享受できます。
導入効果を最大化するには、自社の倉庫規模や業態に合わせて適切に設計することが重要です。
ここでは、GTP導入の主要なメリットを紹介します。
- 作業効率の大幅な向上
- 省人化・省力化と人件費削減
- 保管効率の向上とスペース削減
- 誤出荷の削減と品質向上
- 作業の標準化と属人化の解消
- 柔軟性の高い倉庫運営
- ソーシャルディスタンスの確保
作業効率の大幅な向上
ロボットが必要な商品を運搬するため、作業効率が大幅に向上します。ピッキングのために倉庫内を行き来する必要がなく、商品探しに時間がかかりません。
また、複数人でのピッキング時に発生する混雑やすれ違いの待ち時間もなくなります。作業は「歩く」「探す」が不要になり、「取る」「入れる」だけの作業に集中できるのです。
省人化・省力化と人件費削減
作業者一人ひとりにかかる負担が減り、体力的・肉体的負担が軽減されます。これにより離職率の低下や採用コストの削減につながり、人手不足対策に効果的です。
規模感としては、500坪以上、作業者20人以上の拠点で効果が発揮されやすいとされています。
保管効率の向上とスペース削減
通常のピッキングのように通路を確保する必要がないため、限られたスペースを効率よく活用できます。保管エリアと作業エリアを明確に分離することで、より多くの商品を同じスペース内に保管可能となり、物流コストの削減につながります。
誤出荷の削減と品質向上
ロケーションを間違える心配がなく、商品を取り違えるリスクが減ります。
間違った商品をスキャンしてもシステムが検知するため、誤出荷の軽減につながり、信頼性向上と顧客満足度向上を実現できます。
作業の標準化と属人化の解消
ロボットの操作は比較的簡単で覚えやすく、作業手順をルール化しやすい特徴があります。
慣れない作業者でも安心して作業でき、誰でも同じ品質で作業可能です。
柔軟性の高い倉庫運営
物量の変動に対応可能で、ロボットを増やしたり減らしたりできます。必要な処理能力に合った倉庫運営ができ、スモールスタートも可能です。
ソーシャルディスタンスの確保
作業者同士が接近する動線がなくなり、ソーシャルディスタンスを保った作業環境を実現できます。
作業者同士の距離を保てるため、インフルエンザを含めた感染予防対策にも有効です。
GTPを導入するデメリットと課題
GTP導入には多くのメリットがある一方で、いくつかの課題やデメリットも存在します。導入を検討する際には、これらの課題を十分に理解し、対策を講じることが重要です。
特に初期投資やレイアウト変更など、導入前に慎重な検討が必要な項目があります。
ここでは、GTP導入時の主な課題を整理します。
- 高額な初期投資
- ある程度の規模が必要
- 倉庫レイアウトの変更が必要
- オペレーションの見直しが必要
- システムトラブルのリスク
高額な初期投資
ロボット本体の費用、専用の商品棚の設置費用、システム関連費用に加え、維持費・メンテナンス費用がかかります。設置コストはAMRよりも多くかかる傾向があります。
初期投資の回収には2〜3年程度を見込む必要があり、短期的な費用対効果を求める場合には導入のハードルが高いといえるでしょう。
ある程度の規模が必要
商品規模や倉庫規模がないと費用対効果が見合わず、コスト削減につながらない可能性があります。一般的に500坪以上、作業者20人以上が目安とされており、導入効果をきちんと見極めることが重要です。
小規模な倉庫では、GTPよりもAMRなど他の自動化ソリューションの方が適している場合もあります。
倉庫レイアウトの変更が必要
QRコードの貼り付け工事や専用棚の設置が必要です。保管効率を高めるためのレイアウト設計では、どの商品をどの棚に保管するかを検討し、出荷頻度や関連性を考慮した配置をおこないます。
また、ロボットと人が効率よく動ける導線の整備も必要です。これらの理由から、既存倉庫より新設倉庫への導入に向いているといえます。
オペレーションの見直しが必要
従来の作業フローからの変更が必要で、作業者への教育・トレーニングや業務プロセスの再構築が求められます。
また、既存の倉庫管理システム(WMS)との連携や改修が必要になる場合もあります。
システムトラブルのリスク
システム故障時には作業停止や生産性低下の可能性があるため、迅速な対応体制の必要性があります。倉庫の稼働時間によっては、24時間365日のサポート体制が重要です。
特にGTPでは、システムがなければどの棚に何が在庫されているかが分からないため、従来の棚保管と比較してシステムの重要性は格段に上がります。万が一のトラブルに備えて、バックアップ体制や手作業への切り替え手順を事前に整備しておくことが求められます。
GTPの導入事例
GTPシステムは、大手EC企業から物流事業者まで、幅広い業界で導入が進んでいます。先進的な企業の導入事例を知ることで、自社での活用イメージを具体化できるでしょう。
Amazonは、KIVA(キバ)ロボットを使用したフルフィルメントセンターを展開しています。2012年にKiva Systemsを買収し、現在はAmazon Roboticsとして自社開発を進めています。縦横無尽に移動する棚搬送型ロボットにより、倉庫業務の生産性向上を実現しました。
佐川グローバルロジスティクスは、中国Geek+社のEVE(イヴ)を採用しています。蓮田ECプラットフォームでは32台のEVE500と574台の専用棚を導入し、約50%の省人化を実現しました。
また、スポーツ用品大手のナイキ社もEVEを採用するなど、グローバル企業での導入実績が増えています。
GTP導入時の検討ポイント
GTP導入を成功させるには、事前の検討と準備が不可欠です。自社の状況を正確に把握し、導入目的を明確にすることで、投資効果を最大化できます。
導入後の運用まで見据えた検討が、長期的な成功につながります。
ここでは、GTP導入時に確認すべき主要なポイントを紹介します。
- 自社の倉庫規模と商品特性の確認
- 既存倉庫か新設倉庫か
- 導入目的の明確化
- サポート体制の確認
- 段階的導入の検討
自社の倉庫規模と商品特性の確認
500坪以上、作業者20人以上が目安とされています。取り扱い商品数とSKU数、出荷頻度と物量変動を把握し、費用対効果の試算をおこなうことが重要です。
既存倉庫か新設倉庫か
新設倉庫の方が導入しやすい傾向があります。既存倉庫の場合、倉庫を空にする必要があり、工事期間の確保が課題です。
特に商品の大きさや重量、保管形態によってGTPの適性は大きく変わるため、自社の商品特性を詳細に分析する必要があります。また、繁忙期と閑散期の物量差が大きい場合は、ロボットの稼働率も考慮した投資判断が求められます。
導入目的の明確化
省人化・省力化、作業効率向上、スペース削減、誤出荷削減など、目的に応じた設計が重要です。
QRコードの貼り付けや専用棚の設置には、通常の業務を停止する期間が発生するため、事前に移転計画や代替保管場所の確保を検討しておく必要があります。新設倉庫であれば、GTPに最適化されたレイアウト設計が可能となり、導入後の効率も高まります。
サポート体制の確認
24時間365日対応のサポート、メンテナンス体制、トラブル時の対応速度、導入後の伴走支援など、サポート体制を確認しましょう。
また、導入後の運用改善やシステムアップデートに関するサポートの有無、現場スタッフ向けのトレーニングプログラムの充実度も確認ポイントとなります。
段階的導入の検討
部分的な機械化・自動化からのスモールスタートで効果検証しながら拡大することで、リスクを最小化できます。
段階的導入により、初期投資を抑えつつ、実際の運用で見えてきた課題に対処しながら最適化を図ることができます。また、現場スタッフの習熟度も段階的に高められるため、スムーズな移行が可能となります。
まとめ
GTPは、物流倉庫における作業効率化と省人化を実現する革新的な技術です。ロボットが商品棚ごと作業者のもとへ運ぶことで、ピッキング作業の約6割を占める「歩く」作業を削減し、大幅な生産性向上を実現します。
導入メリットとしては、作業効率の向上、人件費削減、保管スペースの有効活用、誤出荷の削減などが挙げられます。一方で、高額な初期投資や倉庫レイアウトの変更が必要といった課題もあります。
500坪以上、作業者20人以上の規模を持つ倉庫であれば、費用対効果が見込めるでしょう。導入を検討する際は、自社の倉庫規模や商品特性を確認し、既存倉庫か新設倉庫かによって導入の難易度も変わることを理解しておく必要があります。
Amazonや佐川グローバルロジスティクスなど、大手企業での導入実績も増えており、物流業界の人手不足解消と生産性向上の切り札として、今後さらなる普及が期待されます。